街中を当たり前のように走っている救急車。優れた医療機器と救急隊員を乗せて駆けつけてくれる、いざという時の「お助けマン」。
一方、ニュースでよく名前を聞くけれど、実際に何をしているかはよくわからないWHO。本部も外国にあるし、救急車とは違って、一般市民との距離は遠いですよね。
しかしこの2つには、意外な共通点があるのです。
WHOと救急車のマーク
上に載せたマークを見てください。左側が救急車の側面にある紋章で、右側がWHOの紋章となっています。
どうですか、驚きの共通点が見つかりませんか?
そう、救急車にもWHOの紋章にも、1本の杖に巻き付いた蛇の図案が採用されているのです。これはもちろん偶然ではありません。
「アスクレピオスの杖」と呼ばれるギリシャ神話の医神の神具が、現代で医療の象徴とされているからなのです。WHOの紋章として採用されていることからも、この杖が世界共通で医療を示しているということがわかります。
救急車もWHOも、医療で人類の健康を守ってくれているという点では同じですから、医学の神様が使う杖が紋章になっているのも納得ですね。
ちなみにアスクレピオスの杖が図案化されているのは、実は人間に対する医療だけではないんですよ。動物に対する医療でも、アスクレピオスの杖が採用されている場所があります。
獣医さんの制服には「DVM」という文字とともに、大きなVの字を背景としたアスクレピオスの杖が刺繍されています。DVMとはDoctor of Veterinary Medicine、つまり獣医であることを指し、杖の背景のVの字は獣医=Veterinaryの頭文字です。
このように、アスクレピオスの杖はさまざまな医療関係でロゴマークとして使われています。そして獣医学の「V」のように、杖の背景に何を描くかによって、どのような意味を持たせるかが決まっているのです。
例えば救急車の紋章では、杖の背景に6本の青い柱があります。「スターオブライフ」と呼ばれるこのマークでは、6本の柱がそれぞれ覚知・通報・出場・現場手当・搬送中手当・医療機関への受け渡しを表しており、迅速な手当てと医師への引き渡しを主とする救急車の役割をよく表しています。
アメリカやスイスの救急車でも採用されているこの紋章は、あらゆる救急医療用品にも記されているようですよ。ちなみに筆者が救急車にお世話になった時は、救急車の側面以外には見つけることができませんでした…
一方のWHOの紋章では、杖の背景に国連のマークがどっしり鎮座しています。世界平和と人類の進展を願う地球儀とオリーブの葉に、真ん中にアスクレピオスの杖という配置で、感染症を根絶したり世界の健康を一手に担うWHOの役割がわかりやすく示されていますね。
アクスレピオスの杖とは
医神アスクレピオスの生い立ち
では、なぜ医療のシンボルが「アスクレピオスの杖」なのでしょうか?
この理由は、医神アスクレピオスの生い立ち(といっても神話上の生い立ちですが)に凝縮されています。実は彼、生まれた時からすごい神様というわけではないんですよ。
アスクレピオスは、オリンポス12神の1柱であるアポロンと一般女性の間にできた子でした。しかし彼が生まれる前、母は神の怒りに触れて殺されてしまいます。父であるアポロンは胎児を救い出し、ケンタウロスに養育を託しました。神々の昼ドラみたいなお話ですね。
そんな過酷な境遇で育ったアスクレピオスですが、彼は人々への慈悲の心を忘れてはいませんでした。むしろ大きくなるにつれて医学の才能を示し、さまざまな有名人をも治療していきます。現代でいう、優れた技術を持ったスーパードクター(彼は一般の人々も治療していましたが)といったところでしょうか。そして、人々を救う旅の間、いつでも1匹の蛇を連れていたと言われています。
最高神ゼウスの怒り
ある日、医学の腕が熟達して脂の乗り切ったアスクレピオスに、大きな転機がやってきます。女神アテナから蘇生作用のある素材を授かったのです。
アスクレピオスは、これで医学の最大の敵である「死」が克服できる、ととても喜びました。早速授かったものを使い、これまで以上に努力して研鑽に励みます。そしてとうとう、死者を蘇らせることに成功しました。
友人の蛇と一緒にどんどんと死者を蘇らせ、人々を健康にしていくアスクレピオスですが、彼の行いを快く思わない者がいました。冥界の王、ハデスです。
ハデスは死者を管理し、人々の生と死を司っていました。しかしある日、自分の管理する冥界から死者が引き戻され、地上で何食わぬ顔をして生きていることに気づいたのです。
それがアスクレピオスの仕業だと知ったハデスは激怒し、万能神ゼウスに激しく抗議しました。
生きているものが死ぬのは秩序であり、万物の道理だ。生きるなら必ず死なねばならない、と世界の理を説いたのです。
ゼウスはそれを聞き入れました。というのもゼウスは、人間がお互いに助け合い生きていくのが嫌いだったので、アスクレピオスをよく思っていませんでした。ハデスの提案は渡りに船だったのです。
そしてゼウスは天上から雷を落とし、アスクレピオスを殺しました。
アクスレピオスの死後
黙っていなかったのは息子を殺されたアポロンです。上司である主神に抗議するわけにもいかず、鬱憤を晴らすためゼウスのペットを皆殺しにします。(もちろん怒られて罰を受けたそうです)
一方、アスクレピオスは生前の功績と、病に苦しむ人々を救った心優しさが評価され、死後に医神として任命されました。夜空に輝くヘビつかい座は、彼が神として存在するようになった後の姿とも言われているんですよ。
医学の神となった彼は、癒しの神具として杖を持ちます。そこには、生前ずっと一緒にいた蛇が絡みついていました。
これが「アスクレピオスの杖」の由来なのです。
ちなみに杖といっても、ハリーポッターのように30c mくらいかな?と思っていたら、まさかの1mくらいありそうな大きな杖、というより棍棒でした。これは巻き付いている蛇も相当大きいですよ…
なぜ、ヘビを連れていたのか?
最後の疑問ですが、なぜアスクレピオスは蛇を連れ歩いていたのでしょうか。
これについては諸説あります。
有名なものを記すと、
- 蛇の何度もの脱皮は生まれ変わりを表し、死と再生の象徴となったから
- 蛇の毒は人を殺しうるが、適量使えば薬ともなりうるから
- 古代エジプトでは蛇は知恵の象徴であり、高貴な動物だったから
などがあります。どれが正しいにせよ、蛇は古代では死と再生の象徴であったから神話にも採用されたのでしょう。蛇は気持ち悪いと思われがちの現代ではあまりない感覚ですが、確かにエジプトのファラオの冠には、蛇の彫刻がついていますよね。よほど高貴な動物だったのでしょう。
まとめ
まとめると、救急車やWHOが採用している紋章は「アスクレピオスの杖」であり、由来はギリシャ神話の医神でした。
また、杖に巻き付いている蛇は死と再生の象徴であり、古代では治療にも使われた動物を医学の象徴としたのではないかと言われています。
街中に走る救急車の側面で、動物病院のロゴや医療関係者の制服として、医神アスクレピオスと友人の蛇は今日も医療を見守っています。
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